進学塾アルファ狭山校 2019年11月19日
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桂太郎(かつらたろう)

安倍晋三首相の通算での首相在職日数が、11月19日に2886日となり、歴代1位の桂太郎と並びました。桂太郎は主に明治時代に活躍した政治家で、明治34年(1901年)に成立した第一次桂太郎内閣では、日英同盟を結び、日露戦争を指揮するなどしました。その後も、公家出身の西園寺公望(さいおんじきんもち)と交互に首相を務めたことから、明治時代後期は「桂園(けいえん)時代」とも呼ばれることとなりました。


桂太郎桂太郎

桂太郎は、長期にわたって政権を担当したものの、中学校の歴史の教科書では、藩閥政治の政治家として第一次護憲運動で倒されたという紹介のされ方です。高校の日本史でも、長州藩出身で、おなじ藩出身の山形有朋(やまがたありとも)に引き立てられて、陸軍で昇進を重ねた経歴や、陸軍の二個師団増設のために陸軍大臣上原勇作(うえはらゆうさく)が辞職して、第二次西園寺内閣を倒すといういわゆる「陸軍のストライキ」を主導して、自らが第三次桂内閣を成立させて、「第一次護憲運動」を招いて辞職することになった経緯などから、あまり好意的に扱われることは多くない印象です。


その桂太郎も、連続での首相在職日数一位の佐藤栄作も、そして安倍首相も全員が山口県の出身です。江戸幕府を倒す際に、薩摩藩とともに中心となったことから、明治時代にはいわゆる薩長藩閥政治とよばれる政治を行い、日本の政治を主導してきた長州(山口県)出身者に長期政権を維持した政治家が多いのは、歴史的な背景があることとは言え、興味深いところです。ちなみに、桂太郎は「ニコニコしながら相手をポンとたたいて親しげにふるまう」ことから「ニコポン」と呼ばれていたそうです。「人事の佐藤」「早耳の佐藤」と呼ばれたという佐藤栄作と相通じる感があるのも面白いところです。


さて、アルファの卒業生が現在も何名かお世話になっている、東京の玉川上水にある拓殖大学第一高校の前には、その桂太郎の銅像があります。桂太郎は拓殖大学の前身である「台湾協会学校」の創立者であることから、大学にも拓大一高にも銅像が設置されているようです。その桂が、第一次護憲運動で辞職してほどなく失意のうちに病死してから、ほぼ100年、先ほど触れた通り、必ずしも好意的な評価が多くはないように思われる状況ですが、100年後に安倍首相ははたしてどのように評価されることになるのでしょうか。お読みいただきありがとうございました。


本日は桂太郎に関連したクイズです。桂太郎は長州藩出身と言うことで、その墓は松下村塾(しょうかそんじゅく)で多くの長州藩の若者たちを育成したある人物を祭神とする神社の隣にあります。さて、その人物とは誰でしょう?


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